商品のデザインについて

2007年10月10日水曜日

昨日、鍋を買うときにふと思ったことがあります。

この鍋はどういうふうにデザインされたのだろうって。

一般的にデザインするというと、
モノの造詣だけをつくりだすことを意味することが多いのですが
真のデザインというのはそんな狭い意味ではないと思います。
デザインとは、生活文化を豊かにするようなしくみを考えることをいうのです。

そのモノ、サービスを使うことによって生活を豊かにすること
これがデザインであって、造詣を考えるのはデザインのほんの一部分にすぎません。

で、考えたわけです。
この鍋はどういう風にデザインされたのだろうって。

この商品を使って生活が豊かになるように考えられてデザインされた商品なのか
はたまた、
メーカーがトレンド分析をして、売れさえすればよいとだけ考えられた商品なのか

もし前者なら造詣がよいだけでなく使い勝手もよいはず。
なぜなら、開発者がそれをさんざん使い倒して納得いくまで開発した商品でしょうから。
しかし、写真からでは判断がつかず相当迷ったのです。
さいわいアマゾンなどネット上の口コミで
使い勝手もよさそうだとわかり少し安心しています。


僕が商品のデザインについて深く考えるようになったのは理由があります。

5年ほど前、僕はある会社のためにソフトウエアの仕様を作成していました。
いわゆる機能仕様書という書類で、
ソフトウエアがしてくれるべき機能と人間がしなくちゃいけない機能を決める
書類です。

ソフトウエア開発で本当に難しいのは、仕様を決めることです。
そのソフトウエアには何ができて、それをどんな画面でどのように実現するのか、
これさえわかれば後は技術の問題で、お金を湯水のように使えばそれなりの
解決策が見つかります。

でもね
実際のところ、ソフトウエアの開発を委託する会社というのは
「自分がどんな機能が欲しくて、そのソフトにどの機能をやってもらうのか」
という前提条件をまったくわかっていないのです。
何度打ち合わせしても、
「ん~、そういうイメージじゃないんだけどねー」 とか
「わかるでしょ? ソフトですべてパッと解決すると思うんだけどなー」 のような
あいまいな言葉で会議は埋めつくされます。
で、時間をめいっぱい使って確認を何回もとって、やっと出来上がった仕様書に
基づいて作成されたソフトというのは・・・、

な、なんと信じられないことに

だーれも満足しないのです。

いや、文句を言われる方が多いかな。前の方がよかったって。


これ、実はソフトウエアの開発者なら誰でも経験していることらしいです。
なぜこんなことになるのか?

理由はいろいろありますが、一番の理由は開発者が
「仕様書どおりの機能を仕様書どおりに作れば問題ないだろう」って思い、
そのソフトがどのように使われるかを考えもしないで開発しちゃうからなのです。

もし開発者がそのソフトを使って
本当に便利なこと、つまり生活が豊かになることを実現したい!って思えば
開発者が自分でそれを使ってみざるをえず、
その結果不便な部分がみつかれば
仕様は完成までその都度かわっていくはずです。
しかし現実は、仕様が一度決まればそれに沿って契約書が作成され
もう仕様が見直されることはありません。

だから開発者がソフトを使用するはずもなく
見てくれだけは少しプロっぽいが
結局は使用者にとってまことに使いにくいソフトウエアができあがります。

これがソフトウエア開発の悲劇的な現実です。

でも考えて見ると、
他の商品、例えば、
車だって鍋だって、そしてエステみたいなサービスだって同じ状況だと思うのです。

それを作った人が、自分の生活を豊かにするようにデザインされていない商品は
他の人をも豊かにできない
可能性が高い。

この体験から
僕は商品を選ぶときはその開発者がその商品を使い倒しているか
開発者がそれによって自分の生活を豊かにするようにデザインされているか
を重視するようになったのです。


これを読んでくれたみなさんも
次に商品を買う時は少しだけ考えてみてくださいね。
「それがどのようにデザインされたのか」ってことを。

投稿者 TAOMAN 時刻: 23:45  

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